「中止は苦しい」「無理に開催違う」 五輪、選手は複雑

「中止は苦しい」「無理に開催違う」 五輪、選手は複雑

 新型コロナウイルスの影響で来夏に延期された東京オリンピック(五輪)は23日、2度目の「開幕1年前」となる。先行きはなお不透明なまま。「五輪で戦えるなら他には何も望まない」「参加できない国があるなか開催するのは違う」。日本選手たちの胸の内も、揺れ動いている。

【写真】3月の全英オープンでプレーする奥原希望=バーミンガム

■松元克央(競泳)

 プールがあって、ライバルたちがいて、レースができる。無観客でもいいから、世界で一番強い選手を決める場所が欲しい。僕の願いはそれだけです。世界選手権でメダルを取ってから、五輪に向けて人生で一番と言っていいほど自分を追い込みました。蓄えた力を発揮できる機会がなければ、僕は頑張れません。

 去年は、五輪が延期になるなんて思いもしなかった。2度目の五輪1年前。いまは「本当に来年開かれるのかな」という考えが頭をよぎってしまいます。うまく気持ちをつくらないといけない。筋力トレーニングで持ち上げる重量、スクワットの回数――。何でもいいから、過去の自分より強くなったと言えるところを探すようにしています。

■中村匠吾(マラソン)

 いろいろ難しい部分があるとは思いますが、選手としての本音を言うと、五輪本番では沿道で応援してくれる人がいて欲しい、と思います。

 新型コロナの影響で競技場が使えないなど厳しい状況の中、このまま練習を続けていていいのかという葛藤もありました。ただ、練習中に「1年延期になったけど頑張ってね」と声をかけてくれる人が増え、大きな心の支えになりました。

 レースでも練習でも、声援はモチベーションになります。中止になるんじゃないかと不安になることもありますが、ウイルスに関して選手はコントロールできません。応援に結果で恩返しするという気持ちで、また、良い大会になることを願って一日一日努力していくことが最善だと思います。

■三宅宏実(重量挙げ)

 五輪が開催されるだけでもうれしいことなので、簡素化されても多くは望みません。でも、本当は満員になった会場で試合を経験してみたい。重量挙げの国内大会はお客さんが少ないので、五輪の大歓声の中で試合ができたら、ものすごい力を発揮できるだろうなと感じます。

 新型コロナの影響で約10年ぶりに自宅で練習しました。家だとバーベルを床に落とせないので、気が抜けません。私が競技を始めた場所でもあり、久しぶりに家族と一緒に過ごせて原点に戻れました。五輪延期で張り詰めていた気持ちが一度はプツンと切れましたが、今はボーナスタイムだと前向きにとらえています。本当にダメだと思うまで調整を続けたいです。

■西村拳(空手)

 競泳のマイケル・フェルプスが、北京五輪で8個の金メダルを手にした姿が衝撃でした。「こんな化け物が五輪にはいるんや」って。空手は五輪競技ではなかったから、テレビの向こうは夢の世界でしたね。どれだけ努力しても届かない舞台だと思っていました。

 空手は今回が初の五輪です。たまたま僕が現役の時に実施競技に入り、出場権を獲得できた。夢が現実になった。空手を知ってもらえる機会でもある。だから中止でもいいや、と簡単には思えない。開催してほしいというのが本音です。

 でも、そう言ってばかりもいられない状況です。新型コロナの収束が開催の前提でしょう。最高の状態で本番を迎えるために、いまの僕は前に進むだけです。

■寺本明日香(体操)

 五輪の魅力はスポーツの団結力だと思います。大会前の結団式に始まり、いろいろな競技の方と話したり、大会中もほかの競技を見たりするのが、すごく刺激的です。体操だけでやる世界選手権とは違います。

 一方で、もし五輪が開催されなくても、自分が見せられることはあります。新型コロナの中、色々と試行錯誤している競技団体はあるし、体操もやっていかないといけない。そういう意味では、五輪がすべてではないなと思います。

 2月に左アキレス腱(けん)断裂という大けがをしました。東京で私の人生を語るような演技がしたい、とやってきたんですけど、またさらに語るものができました。そういった魅力を出せる演技をしていきたいです。

■文田健一郎(レスリング)

 相手との密着が不可避の格闘技。新型コロナの感染状況により不参加の国、選手が出るかもしれない。でも、自分ではどうすることもできないし、「絶対来て」とは言えない。

 五輪という「舞台」で、そのマットで戦えるなら他には何も望みません。開閉会式や選手村での交流などは細かい要素。やはり「五輪で戦って勝つ」ことが、最も大きいので。ただ、レスリングは五輪の注目度が別格。無観客だと少し寂しいかな。

 東京五輪を最後に引退する気は元々なかった。「もう1年プラスでやらなきゃ」というよりは、ただ目標が先に延びただけと考えています。強化を続ければ来年でも金メダルは取れる。もっと自分を伸ばしていける。気持ちは前向きです。

■見延和靖(フェンシング)

 4年前のリオデジャネイロ五輪は両親や兄の家族らが10人ほどブラジルに応援に来てくれました。東京五輪のチケットも手に入ったようなので、来夏、生で見てもらえたら最高です。

 でも、最低限、まずは開催までこぎつけてほしい。観客数が制限され、仮に会場で見てもらえなくても、映像を通して伝えられるものがあると信じています。

 自粛期間中、もう一度競技を楽しめるか不安もありました。スポーツの語源は余暇、遊びですよね。自宅にこもっているとき、音楽を聴いて励まされている自分に気づいたんです。

 人の心を動かす魅力はスポーツにもある。フェンシングにとって五輪は最高の舞台。人生をかける価値はある。迷いは消えました。

■奥原希望(バドミントン)

 五輪を開催するには、世の中が落ち着き、スポーツを心から楽しめる状況になっていることが欠かせないと思います。

 バドミントンはリオデジャネイロ五輪で日本ペアが金メダルを取って知名度が一気に上がりました。私にとっても、もちろん特別な舞台です。

 ただ、五輪がほかの大会と違うのは、「平和の祭典」であり、文化や言葉の違いを超え、世界が一つになれる場所ということ。新型コロナで苦しんでいる人や、参加できない国があるなか開催するのは違うのかな、と思います。

 感染におびえるなかで、無理に行うべきものなのか。五輪がなくなったとしても、アスリートの活躍の場はあると私は思います。

■吉田愛(セーリング)

 五輪が簡素なものになったとしても選手としてはその状況でがんばるだけなので、何も問題ありません。

 五輪に向かって緊張感ある生活をしていたので、延期が決まり、集中しなくてもよくなったじゃん、という気持ちになりました。(コンビを組む10歳下の)吉岡美帆選手には、いま目いっぱいやっても疲れちゃうよと言っています。冬くらいからエンジンかければいいのかな。

 3歳の息子は一緒に住む母が世話を手伝ってくれて助かっていますが、走り回るようになり大変なので、どうするか考えないといけない。来年の五輪では4歳。ママがメダルをとったら今より記憶に残るかなと、うれしい気持ちもあります。

■野口啓代(スポーツクライミング)

 東京五輪での引退を決めている私にとって、最初で最後の夢の舞台。ずっとテレビで見ていた憧れの開閉会式で、国立競技場を行進したいと思っています。

 新型コロナウイルス対策は必要ですが、無観客にはしてほしくありません。「あっ、あの人の声だ」って、会場でも結構わかるんです。その声に背中を押され、自分の力以上のものを発揮したことが何度もありました。声援は何よりの力になります。

 五輪が中止になってしまったら――。想像しただけで苦しくなるし、絶望的な気持ちになる。今は、国際オリンピック委員会(IOC)などのポジティブな発言を信じるしかない。ネガティブな方向には考えず、最高のシナリオを描き、できることをするだけです。朝日新聞社