「山に答えがあるとしたら…」 登山界の“アカデミー賞”受賞者が山岳部へ伝えた事

引用元:THE ANSWER
「山に答えがあるとしたら…」 登山界の“アカデミー賞”受賞者が山岳部へ伝えた事

 登山家、花谷泰広さんが、10月1日に配信された「オンラインエール授業」に登場した。「インハイ.tv」と全国高体連が「明日へのエールプロジェクト」の一環として展開するこの企画。花谷さんはインターハイ中止という経験から前を向く全国の高校登山部を対象に授業を行い、登山を通じて得られる考える力・生きる力について伝えた。

 花谷さんが登場した「オンラインエール授業」はインターハイ実施30競技の部活に励む高校生をトップ選手らが激励し、「いまとこれから」を話し合おうという企画。ボクシングの村田諒太、柔道の井上康生さん、バドミントンの福島由紀と廣田彩花、バレーボールの大山加奈さん、サッカーの仲川輝人ら、現役、OBのアスリートが各部活の生徒たちを対象に講師を務めてきた。

 第34回の講師は、登山家の花谷泰広さん。1996年、大学を休学して挑んだナチュリ峰(ネパール・7035m)に初登頂。以来、世界各国の山を登り、2012年にはヒマラヤ、キャシャール峰(ネパール・6770m)南ピラー初登はん。これにより13年、登山界のアカデミー賞といわれる、第21回ピオレドール賞、第8回ピオレドールアジア賞を受賞した。現在は若手登山家養成、山岳ガイドのほか、イベントや講演会をとおして山の魅力を広く伝えている。

 全国の高校山岳部部員が見守るなか、「今日も山から下りてここにきました!」と登場した花谷さん。早速、自身の後輩にあたる兵庫県から参加した高校生に、部活の状況を質問した。指名された高校生は「県外での合宿が出来ないが、近くの山を普段とは別のルートから登るなど、今でしかできないような体験もしています」と返答。「僕は高校時代、夏休みに長野県や富山県の大きな山を登るのがすごく楽しみだった。それが出来ないのは可哀そうだな、と思ったのですが、出来ないからこそ得られる経験もあるんですよね」とポジティブな対話から授業がスタートした。

 花谷さんが自発的に登山を楽しむようになったのは、小学5年生の時。新聞に折り込まれていた、市内少年団の登山教室案内を見つけ、「ここに行きたい」と両親に伝えたという。「僕の出身地である神戸(兵庫県)の街は、山が近く、市民ハイキングの文化がある。小さい頃から祖父や両親とハイキングに行っていたので、山登りが特別なものではなかったかもしれません」。

 早くから山の魅力にハマった花谷さんは、神戸高校進学後、山岳部に入部。当時、山登り人気は下火で、花谷さんは同学年唯一の部員だったという。「高校のすぐ裏手に登山口があったので、毎日勉強そっちのけで、山登りをしていました。僕は陸上もやっていたので、トラックやロードを走ったりしていましたが、いちばん体力的に身になったのは、山でのトレーニング。毎日、山走りをするか、重い荷物を担いで歩荷するか、歩荷走りをしていましたね」。

 当時憧れていたのは、世界的に有名な登山家であり冒険家だった植村直己さんだ(1984年没)。植村さんの本を読み漁り、「いつか自分もヒマラヤへ!」と夢を抱いた。

 そして、大学2年時にOBに誘われ、休学してラトラチュリ峰に初登頂。以降、世界各国の山に挑む人生を送り、2012年にはヒマラヤ、キャシャール峰南ピラー、初登はんに成功した。次ページは:今にも生きる、高校時代に見つけた登山の基礎「貯金がまだ残っている」

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