【あの日の五輪】お家芸といわれるように…1992年の陣内貴美子(下)

引用元:スポーツ報知
【あの日の五輪】お家芸といわれるように…1992年の陣内貴美子(下)

 64年東京五輪。三宅義信氏が日本勢第一号の金メダルに輝いた重量挙げは、一大ブームが巻き起こった。今回の東京五輪は全5種目(男女シングルス、男女ダブルス、混合ダブルス)で表彰台が狙えるバドミントンにとって、今後を占う大会になる。

 「日本の試合で選手が表彰台に上がったら、見ている小さい子供たちは鮮明に覚えている。成績を残すことが、明らかにバドミントンを盛り上げるのは間違いないですよね。北島康介くんが金メダル(2004年アテネ、08年北京で男子100、200メートル平泳ぎ2大会連続2冠)を取った後は、水泳をやる子が増えた。体操もそう。バドミントンもメダルを取ったら競技人口は増える。すごく影響力をもたらす大会だと思う」

 5種目の先陣を切ってメダルマッチに臨むのは、7月31日に決勝&3位決定戦が組まれている混合ダブルス。渡辺勇大、東野有紗組(日本ユニシス)に同種目初の表彰台が期待される。

 「最初にメダルが決まる試合に渡辺、東野組が行くことになれば面白い。日本チーム全体に、大きな勢いをつける役割を担える選手だと思いますね。地元の声援を力に変えて、乗っていけるタイプですから」

 メダル候補が続々台頭する一方で、女子ダブルスで16年リオ五輪女王のタカマツペアは、五輪出場が厳しい状況に追い込まれている。この競争こそ、日本の力を底上げする原動力になる。

 「タカマツに勝てれば金メダルが取れると思って頑張って、フクヒロ(福島&広田)やナガマツ(永原&松本)が出てきた。東京五輪の後も同じように、今の若手が東京で勝った選手を超えようと目指してやっていくでしょう。おのずとレベルは上がっていきます」

 22年には、世界選手権を初めて東京で開催することも決まった。24年パリ五輪、そしてその先へ、バドミントンの競技価値を高める下地は着々と整っている。

 「勝つことを期待されて結果を出すのはすごく難しい。でもそれだけの努力をみんなしているから、おのずと結果は出てくると思います。ただ、東京五輪で成功したその次も成功しないと、本当の成功とはいえない。東京が集大成ではなくて、一つのきっかけとして上にいってほしい。バドミントン界が揺るぎないもの、『柔道ニッポン』のように、バドミントンも“お家芸”といわれるような競技になってほしいと願っています」

(細野 友司)=敬称略、終わり=

 ◆92年大会時の世相 3月には東海道新幹線で「のぞみ」が運行開始。7月には山形新幹線が開業した。8月に任天堂の人気ゲームソフト「スーパーマリオカート」、9月には日清食品から即席麺「ラ王」が発売。8月の夏の甲子園で松井秀喜が明徳義塾戦で5打席連続敬遠され、社会現象に。10月にはプロ野球巨人の藤田元司氏の後任として、長嶋茂雄監督が就任。第2次政権がスタートした。同月には、大相撲の貴花田と女優・宮沢りえの世紀の婚約会見も開かれた(翌年に破局)。 報知新聞社