「アスリート専用の動画サイト」まである、 知られざる五輪への強化策

「アスリート専用の動画サイト」まである、 知られざる五輪への強化策

JISS久木留毅センター長インタビュー・後編 (前編から読む>>)(中編から読む>>)

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 科学、医学、情報を駆使して競技力の向上をサポートし、オリンピック、パラリンピックにおける日本のメダル獲得増に大きく貢献しているハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)の中核機能「国立スポーツ科学センター」(JISS、東京都北区西が丘)──。東京オリンピック・パラリンピックは2020年夏の開催延期が決まり、代表選手の難しいコンディション調整をサポートするJISSの役割はますます大きくなりそうだ。

 日頃、あまり目立つことのないJISSを率いる久木留毅(くきどめ たけし)センター長にインタビューする企画の最終回は、ITを使った競技力向上の取り組みから聞いてみた。出てきたのは、「JISSnx」というユニークな動画配信システムだ。

「JISSnx は、いわばアスリート版"YouTube"のようなものです。YouTubeとの違いは精密なスロー再生とコマ送りができること。このJISSnx 上にアスリート本人やコーチが撮影した画像でも、JISSスタッフが撮影した画像でもアップしておけば、好きな時に見たい画像を抜き出し、自分のスマホやパソコンにも保存できる。画像解析ソフトも揃っているので、必要であれば自分の良いときのフォームと悪いときのフォームを比較して見ることもできます」

 もちろん、一般の人はJISSnx にアクセスできず、利用者は日本オリンピック委員会(JOC)、日本パラリンピック委員会(JPC)それぞれの競技団体が申請した強化指定選手・強化スタッフなどに限られる。ちなみに、彼らの多くは「アスリートカード」を所持しており、それ1枚でトレーニングやリハビリの予約ができるほか、入力されている自分の体重、体温などのデータ、食事やトレーニング内容まで一元管理することができる。まさにメダル増産"虎の穴"と呼ぶにふさわしいJISSの充実ぶりだが、久木留センター長は「やはり一番は、ものすごい練習をする選手がいて、ものすごい練習を指導できるコーチがいること。我々にできるのはあくまでも支援と、それを裏付ける研究だけ」と念を押す。

「例えば、レスリングではアテネオリンピックのときに、男女全選手にそれぞれ自分の試合、ライバルの試合などを編集してビデオを渡しましたが、女子選手でそのビデオをしっかり観たのは浜口京子さんだけでした。吉田沙保里さんや伊調千春さん、馨(かおり)さんはほとんど観ていなかった。

 なぜか? あの時点で世界のライバルとわずかな差で競い合っていたのは浜口さんだけだったからです。浜口さんはアテネ前年の2003年世界選手権では優勝しましたが、その1カ月後、日本で行なわれたワールドカップ団体戦でアメリカのトッカラ・モンゴメリー選手、カナダのクリスチナ・ノードハーゲン選手に敗れてしまいました。当時、連勝街道を突っ走っていた吉田選手や伊調選手とは違っていたんです。

 でも、2012年ロンドンオリンピックのときには吉田選手も伊調馨選手もビデオ研究を重ね、伊調選手などは携帯電話に必要な動画を取り込んでいたほどでした。世界各国の強化が一気に進み、"絶対女王"と言われた吉田選手や伊調選手といえどもウカウカしていられなくなりましたからね。その結果、伊調選手は女子初、日本選手初のオリンピック4連覇を果たし、吉田選手も3連覇、リオでも堂々の銀メダルですからさすがです。

 当たり前のことですが、練習しない選手は勝てない。我々が科学でどんなに支援しても、かけ離れたライバルとの差を埋めることはできません。埋められるのは、ほんのわずかな差だけ。そのうえで方向が間違っていないか、ケガをしないか、科学に基づくアドバイスをするしかないんです」

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