「ダブルスは絶対できない」奥原希望が“勝てない”シングルスに拘り続けた理由とは

引用元:REAL SPORTS
「ダブルスは絶対できない」奥原希望が“勝てない”シングルスに拘り続けた理由とは

オリンピックメダルの常連となった女子ダブルス、男子シングルスの桃田賢斗の活躍など、黄金期を迎えている日本バドミントン界。2016年、リオデジャネイロオリンピックで銅メダルを獲得、日本人選手として初めて「シングルス」でのメダル獲得を果たした奥原希望は、日本が「ダブルス強国」から「バドミントン強国」に変化するきっかけをつくった選手でもある。先日、新型コロナウイルス感染拡大によって中断されていたBWF(世界バドミントン連盟)ワールドツアーの再開初戦、デンマークオープンで優勝を果たした奥原が目指す「シングルス女王」へのこだわり、矜持とは?

(インタビュー・構成=大塚一樹[REAL SPORTS編集部]、撮影=軍記ひろし)

日本はなぜ、「バドミントン強国」になり得たのか?

日本はなぜ「バドミントン強国」になり得たのか(撮影=軍記ひろし)2004年に行われたアテネオリンピックでは、男女通じてわずか1勝 に終わったバドミントン日本代表。その後、小椋久美子・潮田玲子の“オグシオ”ペアが世界選手権銅メダルを獲得し人気を博すと、北京では末綱聡子と前田美順の“スエマエ”ペアがベスト4、ロンドンでは藤井瑞希・垣岩令佳の“フジカキ”ペアが日本初となる銀メダルを獲得するなど、日本は、女子ダブルスの強豪国としての地位を確立した。現在では、複数のペアが世界ランキング上位にひしめき、日本女子ダブルスはメダルよりも五輪切符入手が難しいといわれるまでに成長。

一方、シングルスは苦戦が続いていたが、男子では桃田賢斗、女子では奥原希望、山口茜の登場で一気にメダルが見える状況になっていった。

リオデジャネイロオリンピックで銅メダルに輝いた奥原希望は、こうした過渡期に台頭、成長し、世界と戦うようになった選手だ。

――奥原さんがバドミントンを始めた頃に比べて、日本のバドミントンの状況は大きく変わったと思います。女子ダブルスだけでなく、男女シングルス、男子のダブルス、混合ダブルス、そのどれもが世界で結果を残せるようになった現状について、「なぜ、急に強くなったのか?」、その理由はどこにあると考えていますか?

奥原:韓国から朴柱奉(パク・ジュボン)ヘッドコーチが招聘(しょうへい)されてから、組織としての強化策が始まって、全体的な意識だったり士気が高まったというのは先輩たちからも聞いています。

 強化合宿が増えて、日本代表を全体的に強化していこうというふうに大きく変わった。「すごく変わった」って言われている時期は、私はまだジュニアで、現場でその空気を感じていたわけではないんです。でも、今活躍している世代の選手たちはみんな、朴さんの指導を受けながら少しずつ結果を出し始めた先輩たちの背中を見て練習に励んでいた世代ですよね。

――先輩の活躍で、目指すところが一段上がった?

奥原:メダルをとる選手、トーナメントで上位進出する選手が出るようになって、「ベスト8すごい!」とか、「ベスト4に入って『バドミントン・マガジン』に取り上げられるようになった!」とか、自分たちも「もうちょっとがんばればいけるんじゃないか」という気持ちになっていました。

 女子ダブルスは、「勝つのが当たり前」になってきた時期で、身近な先輩たちが世界で結果を残す姿を見て、世界で勝っても驚かない、勝つのが当たり前という感覚が自分たちジュニアの選手にも芽生えたんだと思います。

 わざわざ会話をしてはいなかったんですけど、先輩たちの活躍がいい“道しるべ”になってくれたというか、ジュニアの選手たちの「世界でも勝てる」という空気感をつくってくれた。それが一番大きかったのではないかなとは思います。次ページは:世界ランカーだらけの代表合宿 桃田らの活躍も刺激に

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