バド日本代表支える「ストリング職人」中原健一氏 縦糸横糸に魂込め 緩急自在のラケット演出

バド日本代表支える「ストリング職人」中原健一氏 縦糸横糸に魂込め 緩急自在のラケット演出

 ◇THE WEAPON~勝利の秘策

 メダルラッシュが期待されるバドミントン日本代表には、心強い存在がいる。ラケットの糸(ストリング)を神業で張り替える「ストリンガー」という職人だ。東京五輪では世界選抜「ヨネックス・ストリンギング・チーム」が編成される。同メンバーとして参加が濃厚な日本代表の公式ストリンガーを務める中原健一さん(40)の証言を基に、その繊細な世界の潮流と特殊部隊の全容に迫る。 

 日本の新たなお家芸とも称されるバドミントン。男子シングルス世界ランク1位の桃田賢斗(NTT東日本)を筆頭に全5種目で活躍が期待されている。その一流選手たちの商売道具であるラケットに、魂を吹き込むのが「ストリンガー」と呼ばれる職人の仕事だ。

 ミシンに似たストリンギングマシンで張り具合(テンション)を合わせ、縦、横のナイロン製のストリングを手作業で編み込む。以前からナイロン製だが、今は素材の配合によって種類は多彩。トップ選手が使用するストリングはヨネックス社製だけで5、6種類もあり、張り方は選手によって好みが分かれるため繊細な作業が求められる。ただ一人の日本代表公式ストリンガーの中原さんは「最終的には人が糸を通して張り上げる。手作業もあるから技術の差が出る」と言う。シャフトやストリングの性能と、職人の技術の掛け算がハイパフォーマンスを生み出す。

 世界の潮流にも対応する。かつては糸を硬く張り、ラケットの球離れを速くすることがスマッシュ勝負の短期決戦に生きた。だが「最近はいろんなテクニックを繰り出し、ラリーが長く続く傾向がある」と中原さん。糸を軟らかく張ることで、シャトルとラケットの接触時間が増え、制球や緩急が自在となる。女子シングルスが顕著だという。

 選手の技術、戦術の高度化が進み、ストリンギングの技術も進化する。トップランカーには、ラケットの縦と横で違う種類の糸を組み合わせる「ハイブリッド」が急速に普及。16年リオ五輪では世界で数人しか使用していなかった。摩擦の大きい縦と、全体の反発を生む横の素材を組み合わせて化学反応が起きる。

 世界選手権2連覇の桃田が得意とするネット際のヘアピンショットや、軌道に変化をもたらすカットなど、トリッキーなショットを繰り出せるのも技術進化のたまもの。戦略上、各選手の張り方について多くは語れないが、その感覚は千差万別だ。桃田のように1週間の大会を通じて「糸が切れるまで張り替えない」(中原さん)特異な選手もいる一方で、国や会場によって気候、湿度、温度が違う中で、また対戦相手の特徴から10回も張り替える選手もいる。

 「ラケットの性能と糸、お互いを殺さずに組み合わせないと、最高の一本の仕上がりにならない」と中原さん。まさに針穴に糸を通す作業で、ラケットに命を宿す。

 東京五輪では、最強の職人集団が結成される。それが「ヨネックス・ストリンギング・チーム」。公式サプライヤーのヨネックスは会場で唯一、ブースを出してストリング作業をすることが許される。メーカー問わず全選手に無料でサービスを提供する。

 その顔触れは多士済々だ。前回のリオ五輪では「スーパーバイザー」の肩書を持つ業界のレジェンド、マーク・ローレンスさんら英国2人を筆頭に日本(中原さん)、米国、中国、ペルー、ドイツから1人ずつ計7人で編成。世界中から腕の確かなストリンガーがスカウトされ、ヨネックスがスポンサードする国内外の大会に参加しながら評判を上げていく。五輪に参加するのは神業を持つ職人にとっても晴れ舞台だ。

 1つの国際大会で全選手がストリングを張る数はおよそ600回。大会ごとに編成される同チームはラケット1本につき20分以内で仕上げる。技術とスピードはもちろん選手の好みやリクエストを優先する「柔軟さ」も持ち合わせている。

 中原さんの技術も世界で指折りだ。東京都国分寺市にある株式会社ラケットショップフジのストリンガー技術開発課長で、16年ほど同チームに携わる。バドミントン部だった中高時代からストリンギングに魅せられ、腕を上げて国内外の大会に参加。14年から日本代表の公式ストリンガーとなった。五輪2大会連続で同チーム入り濃厚な中原さんは「マーク氏の技術を知り日本代表をずっとサポートしてきた。年間1本もラケットを折ることはない。選手とコミュニケーションを取って培った信頼関係や技術がある」と自信を語る。

 プレ五輪を兼ねた19年ダイハツ・ヨネックス・ジャパン・オープンに参加した同チームは中原さん含む日本2人に英国2、インドネシア1、韓国1、フランス1、中国1の布陣。東京五輪を想定したメンバーだった。予行演習は万全。本番は1年延期となったが、日の丸を背負う選手は最高の技術とともに勝負のコートに立つ。

 《コロナで競技ストップ 熱狂の日々心待ち》新型コロナウイルス感染拡大の影響で、バドミントンのワールドツアーは7月まで中止が決まっている。世界ランクも凍結され、当初4月30日付のランキングで決まるはずだった五輪出場枠の決定方法も未定だ。各大会が軒並み中止となっており、各地で編成される同チームの活動は休止中。ヨネックス社は「バドミントンで多くの方々が熱狂したり楽しめる日が戻ってくることをチーム一同心待ちにしています」とした。

 《新型マシンで代表を後押し》東京五輪で使用されるストリンギングマシンが、国内自社工場製「プレシジョン 9.0」だ。バドミントンやテニス、ソフトテニスのストリンギングが可能で、今年1月のテニス全豪オープンから使用を開始。中原さんが開発段階から携わったストリンガー目線のマシンといい、日本代表の追い風となりそうだ。